福岡近海で獲れる「えそ」にこだわった蒲鉾づくりを活かして、食品ロスの“もったいない”を減らしていきたい。【株式会社博水/福岡市南区】
蒲鉾(かまぼこ)は、魚肉のすり身を使った1000年以上の歴史をもつ、日本伝統の食文化です。しかし、現在では、海外産の冷凍すり身を使っているものがほとんど。
そんななか創業1903(明治36)年の『博水』(福岡市南区)は、博多玄界灘産の高級魚「えそ」にこだわり、昔ながらの製法で鮮魚からの蒲鉾づくりを続ける、全国的でも数少ない魚肉練り製品メーカーです。
魚を余すことなく使いたいという想いから、商品の製造過程で発生するアラを、福岡県や水産大学校の協力で、魚醤(ぎょしょう)として商品化し、2019年循環型社会形成推進功労者環境大臣賞を受賞しました。
以降、大量に漁獲されながら未利用魚だった鮮魚や、規格外野菜を練り込んだ商品開発を通して、循環型社会の形成に貢献する取り組みを続けています。
社長の江越猛信氏に、原料「えそ」に対するこだわりや、魚醬づくりに挑戦したきっかけ、そして、現在の取り組みや今後の展望などをお聞きました。
江越社長は、蒲鉾店として四代目、博水の屋号としては二代目ということですが、幼いころから家業を継ぐことは決めていましたか。
長男でしたので薄々予感はしていたましたが、正直に言うとあまり継ぎたいとは思っていませんでした。幼いころから、両親が魚まみれで働く姿を見ていましたし、いつも忙しく一緒に過ごせる時間も少なかったため、家業にはマイナスのイメージしかなかったのです。
家業を継ごうと思ったのは、商売が傾きかけた高校生のときです。商売の面白さを感じ始めたのは、もう少し前でした。年末につくりすぎた大量のかまぼこを、弟と二人で団地に売りに行ったときに感じた、客さまの温かさと「ありがとう」の言葉が私の原点です。
心を込めておいしい蒲鉾をつくり、お客さまから「おいしかった、ありがとう」と言っていただける喜び。それが、この仕事の醍醐味だと思っています。
家業が傾きかけたのは、なぜでしょう。時代的な背景にも関係がありますか。
このころは200海里の問題(※)が出てきて、長浜で水揚げされる魚の量が減ってきたころ。その影響で仕事を辞める同業者も少なくありませんでした。
一方、高度成長期でスーパーが増え、昔ながらの製法では需要と供給のバランスが合わなくなってきました。そんななか海外産の安価な冷凍すり身が大量に出回るようになり、業界全体が冷凍すり身だけでかまぼこやてんぷらを生産する体制にシフトしていきました。
冷凍すり身は、もともとスケソウダラ(明太子の親)の身を有効活用できないかと、北海道立水産試験場(当時)の研究者グループらによって、1960(昭和35)年に開発されたものです。その画期的な技術が、世界的に広まり、今やいたるところで安価な冷凍すり身を生産できるようになりました。
しかし、弊社の先代は、「食べ物の原料はしっかり目利きし、選ぶもの」という信念から、手さばきした鮮魚をつかった蒲鉾づくりにこだわり、そのため商売的には苦しい状況になってしまったのです。
※領海を含めて沿岸から200海里(約370km)までの海を指し「排他的経済水域」とも呼ばれる水域のこと。国連海洋法条約で定められ、日本は1996年にこの条約の締約国となり、日本の主な漁場はこの範囲内となった。(1977年3月に日ソ漁業協定が締結して、日本における200海里が制定された)
先代の姿を見て、どのように感じられましたか。
自分の父親ながら「すごい」と思いました。
当時の冷凍すり身は、産地や材料の表示も明確に義務付けられていなかったため、先代は「獲られた場所や、どんな鮮度の魚を使っているかもわからないような原料で商品をつくるようになったら、絶対おかしくなる」と言っていました。
しかし、練りもの製品は見た目だけではその違いはわかりません。そのため、価格戦争を余儀なくされ、一時期は職人たちの手間賃も出ないような状態になりました。
結局、食べ物は最終的においしいかどうか、そして、味を左右するのは原料の良し悪しです。だから、父のやり方はまったく間違っていないけれど、このまま『博水』の屋号を絶やすことになったら残念だ、と思うようになりました。
そこで、私が四代目を引き継ぐにあたっては、原料を福岡近海で水揚げされた「えそ」だけに特化し、『博水』の独自性を出すことにしました。
「えそ」はどんな魚ですか。また、原料を「えそ100%」にこだわったのはなぜでしょう。
えそは、主に底引き網などの沿岸漁業・沖合漁業で漁獲される魚です。小骨が多く、硬いことから、一般的な家庭用の調理には向いていませんが、癖のない淡白な味で、歯ごたえも良いため、魚肉練り製品の原料としては重宝されている高級品です。
全国蒲鉾品評会で最高賞を受賞する商品のほとんどは、えそを使ったものです。
蒲鉾は、もともと地元で獲られた魚を保存するためにつくられ、地域ごとに発展してきました。
糸島は昔からえそが大量に獲れる地域で、長浜にも福岡だけでは使い切れないくらいのえそ水揚げされています。そのため、福岡で「えそ100%」の蒲鉾をつくれば、他社との差別化もできると思いました。
生のえそから蒲鉾をつくるうえで、大変な点はありますか。
えそは、とにかく骨が硬く多いため、頭・内臓・血合いを1尾ずつ丁寧に除去していく作業には、大変な根気と時間がかかります。
また、福岡では、えその猟期が5月のGWごろから1月ごろまでと決まっているため、時期的に地元産のえそが集まらない場合もあります。その際は、長崎や下関のえそも使用しています。
それでも調達が難しい場合は、えそが多く獲れる東南アジアのなかでも、設備面・衛生管理の面でも進んでいて、HACCP(※)の認証も受けているタイ産のえそ(すり身)を一部使用しています。
※原料の入荷から製品の出荷までのあらゆる工程においての衛生管理方法
御社のSDGsの取り組みについて、始めた時期やきっかけを教えてください。
練りもの用のすり身には、えその身だけを使いますが、えそは一尾の半分近くが頭と内臓であるため、以前は週に1トン、年間50トンほどのアラ(頭を含む骨や内臓)を廃棄していました。
それでも昔は、肥料や飼料の原料となる有価物として、業者などが引き取ってくれていたのですが、やがて回収も有料になってしまい、そんな状況を「なんだかおかしい」と感じていました。
そんなある日、友達と出かけたイタリアンレストランで、魚醬の存在を知り、そのおいしさに衝撃を受けたんです。
その後しばらくして、福岡の飲食店や明太子製造会社など、若手の経営者や技術者を対象にした職業塾のような企画に参加しました。(名称:食業塾)そこで「有価物でありながら、今は廃棄せざるをえない、えそのアラを使って魚醬をつくりたい」という私の意見が採用され、つくり始めたのがきっかけです。
魚醬(ぎょしょう)とはどんなものですか。
魚を塩漬け発酵させてつくる調味料です。タイの「ナンプラー」やベトナムの「ニョクマム」などが有名ですが、日本でも、秋田の「しょっつる」、香川の「いかなご醤油」、石川の「いしる」が、日本三大魚醤として知られています。他に、高知県の「きびなご醤」、三重県の「鯛びしお」など、地域の魚を材料にしたいろいろな魚醬があります。
魚醤の旨みの素は、分解された動物性タンパク質で、複雑で奥深い味わいとクセになる独特の香りが特徴です。
開発は、どのように進められたのでしょう。
食業塾で私が出したアイデアを、福岡県海洋技術センターの方が、「おもしろい」と目に留めてくださり、もう少し開発を続けてみないかという話になりました。さらに、北九州市にあるリサイクル総合技術化センターさんが開発に関する補助金を出してくださることになりました。
そこで、「いしる」で知られる石川県の能登半島を視察したり、福岡の老舗『ジョーキュウ醤油』さんにも話を伺ったり、作り方を学びながら開発を進めていきました。
魚醬づくりで苦労されたのは、どんなところですか。
まず、魚醬の権威といわれる水産大学校(山口県下関市)の教授に話を聞きに伺いました。
そこで「愛情を込めて混ぜてください」と言われたので、最初のうちは、従業員と交代で混ぜていたのですが、魚醬は魚のアラを発酵させてつくるため、最初の3カ月ごろまでは匂いが相当キツイんです。
しかし、その後、石川県やジョーキューさんに行ってみると、そんなことする必要はないと言われまして(笑)。
初めに材料に塩を加え混ぜてしまえば、後はふたをして寝かせておくだけ。特別な温度管理をする必要もなく、そのまま1年寝かせて、自然の四季を感じさせるのが一番と聞き、目からウロコが落ちました。
発酵が進んでいくと、上に浮遊物が浮いてきて、下に骨などが沈み、中間層に魚醬が溜まっていきます。1年後、それをこすだけでいいんです。
専用の室をつくったり、毎日混ぜたりと人手がかかるようだと大変だと思っていましたが、そんな必要もないとわかり、これなら練りものを製造する傍らでもできそうだと安心しました。
ただ、素材の鮮度が、出来上がりの味わいに大きく影響するため、原料には新鮮なアラのみを使っています。
えそを使った魚醬には、他の魚醬と比べてどんな特徴がありますか。
えそが白身魚だからかもしれませんが、アジやイワシなど青魚系の魚を使うニョクマムやナンプラーなどに比べ、味がかなりまろやかで、香りのクセも少ないのが特徴です。
試作を重ねてみてわかったことですが、仕込む時期によっても微妙に味わいが変わります。春先は、えそがアジをたくさん食べているためしょっぱめ、イカを食べ始める夏以降は甘めと、えそが食べている胃の中の魚の種類でも、味わいが違うんです。
完成した魚醬は、世界的な発明といわれる「味覚センサー」を開発された九州大学の都甲潔先生に調べていただきました。
15年ものの「いしる」プレミアムをはじめ、世界中から最上級の素材を使った高価な魚醬を取り寄せ、成分を比較分析していただいたのですが、弊社の魚醬はそれらにも引けをとらないうま味成分を含んでいることがわかりました。
そこで、当初は成功すれば業務用の調味料にと考えていましたが、製造量も限られていますし、味にも自信を持てたため、2014(平成26)年10月に、『えそ醤(びしお)』として、工場直売の店頭とネットで販売を始めました。
『えそ醤』に対するお客さまの反応はいかがでしたか。
プロの料理人や料理研究家の人が使ってくださることも多く、リピート購入されるお客さまも多かったですね。ある焼鳥屋さんからは、匂い消しと味付けを一緒にできるということで、レバーを漬け込むのにいいと言われました。
弊社のすり身にも、調味料の代わりにえそ醤を使っていますが、化学調味料不使用・無添加ということで、お客さまにも喜ばれます。
えそ醤は塩分が強めで、甘味が少ないため、九州の甘い醤油が苦手という関東の方には刺身醤油としてもおすすめです。ほんの少し加えるだけで料理の味が引き立つため、隠し味として和食やフレンチのシェフにも試してもらいましたが、評価は上々でした。
魚醬をあまりご存じでない方のために、ネットなどで使い方の紹介をしています。
SDGsに取り組んだことで、御社の営業や業績などに変化はありましたか。
『えそ醤』は、せっかくもらった魚の命の半分を捨てるなんて、もったいない。いただいた命を、最後まで使って成仏させてあげたい、という単純な発想から生まれました。それが、結果的にSDGsにもつながっていたという感じです。
この商品開発を機に、私自身、資源を無駄にしないという3R(Reduce/ゴミ削減、Reuse/再利用、Recycle/再資源化)の意識が一層高まりましたし、この取り組みで環境大臣賞もいただきました。
リサイクル総合技術化センターさんも、『えそ醤』のように食品廃棄物から食品をつくる取り組みは初めてということで、商品の完成を非常に喜んでくださりました。
「MOTTAINAI(モッタイナイ)」を世界に向けて提唱された、ケニア人環境保護活動家・ワンガリ・マータイさんが北九州にいらっしゃったとき『えそ醤』をプレゼントしたら、とても喜んでくれたそうです。
魚醬をつくったことで、改めて同業社やお客さまに、弊社が「えそという鮮魚から蒲鉾をつくっている」会社ということをアピールできるよい機会になり、それ以降、それまでは考えもしなかった相談が、仕事の幅も広がりました。
コノシロのすり身を使った商品もつくられていますね。
3年目、姪浜漁協さんから相談を受け、福岡市内の小学校給食用に開発しました。
コノシロは博多湾で獲れる魚で、こはだの親にあたります。こはだは高級魚として、関東や関西へも送られますが、成長してコノシロになると、小骨が多くて、鮮魚としては調理しようがなくなるのです。
この魚を利用したすり身をつくれれば、地産地消にもなると考え、時間を見つけて開発を始めました。
試作当初のコノシロのすり身は、子どもたちにはちょっと魚臭いかなという感じでしたが、野菜などを混ぜ、味付けを工夫したところ、野菜嫌いな子たちにもおいしく食べてもらえる野菜入りのつみれができました。
弊社では販売していませんが、姪浜漁協さんではお得意様向けに販売もされています。
また、福岡県・福岡市内で、大量に漁獲されるブリの刺身をとった後の部位を有効利用した学校給食用の商品の製造を行います。ブリのアラ(エラ、ナカオチなどの硬い骨)にレトルト(高圧高温)をかけ柔らかくしたものを、えそのすり身と混ぜて、コロッケ状にしたものです。
すり身のたんぱく質、骨のカルシウム、血合いの鉄分が含まれていて、非常に栄養バランスのいい商品に仕上がりました。
他にも、『博水』の三代目となる息子とともに、いろいろな商品の開発に取り組んでいます。
今後は、三代目の息子さんともども、どんなことに取みたいとお考えですか。
これまでは、えそのみにこだわってきましたが、今後は鮮魚系であれば別の魚でも、積極的に商品開発に挑戦していきたいと思っています。また、魚以外にも食品ロスされている食材はたくさんあります。
先日は春菊の話をいただいたのですが、春菊は少しでも上の方が枯れていたら商品にならないそうです。練りものなら、そういった野菜も小さく刻んで、つみれやてんぷらなどに利用できます。
こうした魚以外の「もったいない」食材も、練りもの製品の副材として蘇生させていきたい。そう考え、先日から三代目が、地元の農家さんから直接仕入れた、彩り豊かな野菜を練り込んだ『旬菜つみれ』を開発し、クラウドファンディングに挑戦しているところです。
今後の夢や展望があれば教えてください。
日本国内では、若者の魚離れや漁業従事者の減少で、魚肉練りものの消費量も半分近くに減少している一方で、欧米を中心とする海外では、健康志向の高まりから、カニカマをはじめとする製品の需要は伸びています。弊社は商品の輸出もしていますが、販売拡大の糸口は、海外にもあると考えています。
例えば、韓国では、今の若者たちの間で色とりどりの揚げかまぼこ(てんぷら)が流行っています。そうしたトレンドにもアンテナを張りながら、若者にも喜んでもらえる店や商品づくりを目指しています。
また、最近はてんぷらやかまぼこが魚からつくられていることも知らない子どもたちも増えていることから、子どもたちの食育を通しても、地域社会へ貢献していきたいですね。
●代表取締役社長・江越 猛信
1903(明治36)年創業の蒲鉾店4代目、『博水』の屋号としては2代目。1996(平成8)年3月代表に就任すると同時に、株式会社博水として設立登記。地元の福岡・長浜で水揚げされた新鮮な「えそ」と、昔ながらの製法にこだわった蒲鉾をつくり続ける。2012(平成24)年10月、産学官連携でえそのアラを再利用した魚醤の研究開発を開始。2014(平成26)年10月、魚醤『えそ醤(びしお)』として販売を開始し、環境大臣賞を受賞。その後も、大量に水揚げされながら未利用魚となっていた「コノシロ」を使ったつみれの学校給食への提供や、規格外野菜を練り込んだ練り製品の開発などを通して、食品ロスや廃棄食品の問題に取り組んでいる。
企業情報
株式会社博水
■TEL: 092-791-7825
■住所:福岡市南区清水2-18-36 [MAP]
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