一生懸命作ったパンを捨てなければならないのが苦しくて…パン業界の常識とは真逆の考え方で、関わるすべての人にとって“いいパン”を作ろうと決めました。【トランテ トロワ/福岡市中央区】


浄水通りから脇道に入った閑静な住宅街にある国産オーガニック小麦のパン専門店『Trente Trois(トランテ トロワ)』(福岡市中央区平丘町)。

 

ここでは、保存料・添加物などを一切使わず、国産オーガニック小麦・自然塩・水というシンプルな素材を使った“日持ちするパン”を作ることで、フードロス削減をはじめとするSDGsに取り組んでいます。

 

地元のメディアやNHKの全国放送などで、その取り組みが紹介されたことから、今では全国から注文がくるほどの人気のパン屋さん。しかし、「オープン当初は、惣菜パン、菓子パン、スイーツなど毎日約30種類以上のパンを焼く“普通のパン屋”だった」と言います。

 

オーナーでパン職人の前田 真吾さんに、『トランテ トロワ』がSDGsに取り組むことになったきっかけや、その過程で経験した苦労、また店の形態を変えたことによって起こった、さまざまな変化について聞きました。

 

『トランテ トロワ』をオープンする前は、何をされていましたか。

「トランテ トロワ」オーナー 前田真吾さん


もともとは東京でパティシエをしていました。20代半ばで故郷の福岡に戻り、5年ほどは食とはまったく関係ないデスクワークをしていたのですが、ずっとパン作りには興味がありました。それで、これから長く仕事をするなら、「好きなパン作りをしたほうが楽しそうだ」と思い、30歳のときにパンを作り始めました。

 

福岡のパン屋で1年ほど働いた後、パン業界でその名を知られる東京の人気ベーカリー『シニフィアン シニフイエ』で10カ月ほど販売を経験し、その後『シニフィアン シニフイエ』の志賀シェフの紹介でベーカリー&レストラン『サワムラ』へ。製造部で1年ほどパン作りを学びました。

 

現在の場所でお店を始めた理由は?

福岡市中央区、浄水通り近くの「トランテ トロワ」


実は、福岡で1年間働いていたのが、この場所にあったパン屋だったんです。その運営会社から「店が閉まるから、この場所を借りないか」と連絡がありまして。

 

いきなり自分でお店を経営するのは大変かとも思ったのですが、ちょうどタイミングもよく、来るお客さんの数も予想もできたので、2018年10月この場所で、妻と2人、店を始めることにしました。

 

オープン当初は“普通のパン屋”だったそうですね。


はい。今流行りの高加水のパン(※)、菓子パン、惣菜パン、ハード系、それにキャロットケーキ、ガトーショコラ、フィナンシェ、秋冬にはマロンパイなど、とにかくいろいろ種類を作っていて、一人で1日だいたい300個以上のパンを焼いていました。

 

ちょうど娘も生まれた頃だったので、仕事をして、家に帰って、娘をお風呂に入れて、仮眠をとって、またすぐ店に戻るという毎日の繰り返しで、1日19時間くらいは働いていましたね。

 

基本的には、売り切れるくらいの量を基準に作るのですが、天気や気候の影響でどうしても月に数回は売れ残ってしまう日がありました。売れ残ったパンは、近所の人にあげたり、知り合いに送ったりしていましたが、送るところがなくなってくると、結局捨てなければならなくて…。

 

小さい頃から、「食べ物を大事にしなさい」といわれて育ったし、世間でも「フードロスをなくしましょう」といわれていますよね。それなのに、実際には「品切れしないように」とか「お客さまのニーズにお応えするため」という理由で、たくさんの食べ物が捨てられています。そうした現状をずっと「おかしい」と思っていたのに、いざ自分がパン屋になったら、同じことをしている。売れ残るのが問題というより、残ったパンを捨てなければいけないことが精神的に苦しかったですね。

 

「自分は何をしているんだろう」と嫌になってしまったんです。こういう形では、パン屋は続けられないと思い、オープンして8カ月くらいの頃に、一度店を閉めました。

 

(※)…水分を多く含んでいることから、しっとりもちもちしたパン。『シニフィアン・シニフィエ』の志賀勝栄シェフの影響で広まった製法で、リーンなパンでも、高加水にすることで老化を遅らせ、賞味期限を長くすることができる

 

国産オーガニック小麦のパン専門店”として、お店をリニューアルすることにしたきっかけを教えてください。

店内には、国産のオーガニック小麦で作られたパンが並ぶ


今後のことを模索しているときに、妻が、広島にある『ドリアン』という
薪窯のパン屋のことを教えてくれました。自分も名前は聞いたことがありましたが、実際にはよく知らなかったので、通販でパンを頼んだり、そのお店が出している本を買って読んだりしてみました。

 

『ドリアン』では、国産有機栽培の麦やライ麦と自然発酵の種を使い、日持ちする数種類のパンだけを作っています。「でも、そんなスタイルで、どうして商売が成り立つのだろう」と疑問に思い、広島の店をお訪ねました。すると、『ドリアン』を“捨てないパン屋”として再建した三代目店主・田村陽至さんが、ていねいに話をしてくださり、パンの作り方も聞くことができました。

 

その時、一番感銘を受けのが、田村さんの「手を抜くことで、おいしいパンを作って、お客さまにも喜んでもらう」という考え方。それは「1日12時間以上働かないと、いい職人になれない」というようなパン業界の常識とは真逆でした。

 

「手を抜くパン作り」とは、どういうことでしょう

ドリアンの田村さんの考えをヒントに考案


ドリアンの田村さんのいう「手を抜く」は、一般的なパン屋が使っている普通の小麦より、数段質の高い小麦を使って、素材の味でシンプルに勝負するという意味合いです。

 

普通の街のパン屋は、アンパン、メロンパン、クリームパンなど、1個100~200円の小さめのパンをたくさん作る、いわば薄利多売のようなスタイルがほとんどです。この形態では、中のクリームを作ったり、あんこを炊いたり、メロンパンのクッキー生地を作ったりと、こまごまとした作業が多く、時間も余分にかかります。

 

しかし、本当にいい素材を使って生地をつくり、大きく丸めて、ポンとかごに入れ、素材の力で発酵させ、次の日2㎏くらいの大きいパンを焼けば、作る時間はそれまでの1/3くらい済みます。人手もかからないので一人で3~4人の職人が働いているような店と同じくらいの売上を上げられるのです。

 

その話を聞き、すぐに田村さんほどのレベルに達するのは無理でも、自分が準備できる最高ランクの小麦と塩と水を準備し、そのやり方をまねれば、それに近いことはできるのではと思ったんです(笑)。

 

トランテ トロワで使っている国産オーガニック小麦について教えてください。


自分自身は、それまで有機や無農薬のものばかりを食べているような人間でもなく(笑)、国産有機小麦についての知識もほとんどなかったので、まずは、詳しい人から北海道十勝のアグリシステムという会社を紹介してもらいました。

 

連絡をすると「こちらの取り組みや、運営している畑・製粉所を見てもらってから、契約するかどうかを決める方がいい」ということになり…。借金もあり、貯金もどんどんなくなっていく状況だったにもかかわらず(笑)、妻と生まれたばかりの娘と3人で北海道に行き、いろいろと見せてもらったうえで、信頼できる農家さんの小麦を仕入れさせてもらうことになりました。

 

今は、北海道だけでなく九州の農家さんで作られた小麦も使っています。

 

トランテ トロワが取り組まれているSDGsについて教えてください。


まずは、「有機、無農薬、自然栽培の小麦を使う」ことで、お客さまには安心・安全なパンをお届けしています。

 

国産オーガニック小麦を使ったパンをたくさん売ることができれば、農家さんも潤い、安定して良質な小麦を作り続けることができます。

 

さらに、保存料・添加物などを一切使わず日持ちするパンを作っていることで、フードロス削減に取り組んでいます。

 

また、フードバンク福岡を通して「子ども食堂」や児童養護施設などにパンを届けることで、国産オーガニック小麦を使ったパンのおいしさを知ってもらう機会も作っています。

 

SDGsには、以前から関心を持たれていたのでしょうか。


“SDGs”については、たまたま詳しい知人がいて話を聞いてみたら、自分がやろうとしていることとSDGsの考え方がほとんど同じだったという感じです。ですから、初めから
意識していたわけではないのですが、店をリニューアルオープンしてからは、SDGs的な切り口で店を紹介してもらう機会が多くなりました。

 

店のリニューアルにあたっては、まずお客さまにも、店にも、原料を作ってくださる農家さんにも、そして働く自分たちにも、「いいことだけをしよう」と決めていました。いわゆる「三方よし」です。

 

パン屋には「ロス率3%」という言葉があります。基本的に売上の3%くらいはパンが売れ残ってもいいという考え方です。今は残ったパンを冷凍で送れたり、配達できたりもしますが、本来は夕方来たお客さまが、お目当てのパンがないため何も買わずに帰ってしまったり、それが原因でその後来店しなくなるのを防ぐためのものです。

 

でも、自分はこの「ロス率3%」という考え方は必要ないと考えていました。せっかく作るなら、売り切れる方が絶対いいじゃないですか。それに3%のロスを想定しているということは、そのロス分が商品の価格に上乗せされているということです。

 

だから、この「ロス率3%」をなくして、1%はフードバンクへ寄付、1%はお客さまに還元、1%は一般的に安いといわれているパン職人の給与、つまり自分の給与に充てようと考えました。

 


ちなみに、お手頃価格のパン屋さんですと使っているのは25kgで2,000~3,000円の小麦、おいしいといわれる街のパン屋でも25kg5,000~8,000円程度です。その点、
『トランテ トロワ』では、25kgで15,000~18,000円ほどの小麦を使っていて、ライ麦になると22,000円くらいします。

 

おそらく、このランクの小麦だけで店をしているパン屋は、全国を探しても10~20件ほどではないでしょうか。ですから、うちのパンは決して安くはありませんが、中身を知っている方には、お得だと感じてもらえる価格では提供できていると思っています。

 

トランテ トロワのパンが日持ちするのはなぜでしょうか。

左「ブラン」756円~、中「カンパーニュ」756円~、右「ブリオッシュ」1,188円


それは、パンを発酵させる酵母にドライイーストや生イーストでなく、自家製の自然発酵種(天然酵母)を使っているからです。

 

自然発酵種とは、小麦と水だけを混ぜ、10日間ほど温度管理をしながら作る酵母の発酵種のことです。そこに毎日、小麦と水を足していきながら、酵母を育てていくと、空気中に浮遊している乳酸菌や酢酸菌などが住み着き、その酸の力で保存性が高くなります。

 

『トランテ トロワ』のパンに、ほんのり自然の酸味があるのはこのためです。この酸のおかげで、保存料なしでも、冷蔵庫で2~3週間保存できます。さらに毎日スライスして食べていくうちに、味わいも変化します。乳酸菌がグルテンをある程度分解してくれるので消化しやすく、身体にやさしいパンになっています。

 

お店をリニューアルするにあたって、周囲の反応はいかがでしたか。また特に苦労されたことはありますか。


知り合いにリニューアルの話をしても、初めは「いいことばかり言っているけど、そんなに(世の中)甘くないよ」とか「そんなにうまくはいかないよ」と言われていました。

 

実際、2019年8月末にリニューアルオープンしてしばらくは、全然お客さまが来なくて…(笑)。ある程度、覚悟してはいたのですが、思っていた以上に厳しく、売り上げも以前の1/5ほどに減りました。

 

ただ、事前に予想はしていたので、売れ残ったパンを平尾のオーガニック・無添加・自然食品スーパー「マキイ」に置かせてもらったり、天神や東区千早にあるオーガニックや自然食品を扱う「ナチゅ村」に毎週一定の量を収めさせてもらったりする段取りはしていました。

 

とはいえ、店の形態を変えたことで、労働時間は約19時間から12時間になり、店も18時ごろには閉められるので、「娘のお迎えに行ける、ラッキー!」とポジティブに考え、鼻歌を歌いながら帰っていましたね(笑)。

 

今のスタイルで店が軌道に乗り始めたきっかけは?

一番人気のNo.1「カンパーニュ」1/4サイズ756円・1/2サイズ1,512円・1個3,024円


一番大きかったのは、「普通のパン屋を辞め、フードロスに取り組むパン屋」として、NHK福岡放送局に約2日の密着取材をしていただいたことです。まず福岡・佐賀で放送され、視聴者からの反響が良かったということで、九州・沖縄、次に全国、さらにBS…と、何度も取り上げていただきました。

 

そのおかげで、一時期は、電話が鳴りやまないほどに。今は落ち着いていますが、お店の前にお客さまが並んだり、全国からも注文が来たりするようになりました。

 

放送がたまたまコロナ禍の直前だったことや、SDGsへの関心が高まってきた時期だったことも幸いしました。コロナ禍で外出できず、家で食事をすることが多くなった人たちの「毎日の食事には、少し高くてもいいものを」というおうち需要に、「素材にこだわり、日持ちもする」うちのパンのコンセプトが合ったのだと思います。

 

ホームページもしっかり作られていますよね。

 

「トランテ トロワ」ホームページ
https://www.trentetroisorganic.com/

 

店の形態をリニューアルするにあたり、週4日営業(当時は週5日営業)で、人手は自分と妻の2人。営業時間は5~6時間、パンの種類が4~5種ということを考えると、普通のパン屋の商圏では、お客さまの数が全然足りないと思っていました。

 

何より、惣菜パンや菓子パンなどを求めるお客さまに比べると、うちのようなパンを積極的に求める客数は少ないからです。そうなると福岡市以外からもお客さまになってくれる人を探す必要がある。だから、興味ある人には伝えたいことを届けられるように、最初の段階でHPづくりにも力を入れ、コロナ禍になる前にはオンライン販売ができる体制も整えていました。

 

おかげで、現在は1カ月の売上中、店舗販売が1/2、スーパーや飲食店への卸が1/4、オンライン注文での全国発送が残りの1/4という割合になっています。そのうち、オンライン注文のだいたい7割が九州、2割が関東、1割がその他全国という感じです。

 

SDGsにつながるリニューアルに取り組んだことでもたらされた効果や、思いがけない副産物などはありましたか?

北海道十勝産の小麦(粒)を丸1日かけて石うすで挽く


リニューアルのコンセプトは、「流行らない店」を作ることでした。なぜなら流行る店はかならずいつかすたれるからです。

 

流行りを追いかけようとすると、世間のニーズに合わせるために、アイテム数を増やしたりして、自分で自分を忙しくしてしまう。そうすると自分たちの余裕もなくなるうえに、価格競争までしなくてはなりません。

 

そうならないように、自分たちは、最上級の素材で、品質のいいパンを作っています。

 

それまでは、あんこや、鶏肉や、チーズなど、パンの種類が多く、使う食材も多かったため、抱える在庫も多く、管理も大変でした。調理の際に使うビニール手袋、素材を包むラップやビニール袋、食材が入っている段ボールなど、ゴミも大量に出ていました。

 

今では、仕入れも北海道十勝産の小麦と、長崎県平戸産の海水塩と、水だけでいいため、仕入れにかかる労力が格段に減りましたし、毎日出すゴミの量も1/10になりました。

 

また、2021年の年初から店休日を1日増やし3日にしましたが、前年の2020年より売り上げは10%ほど上がりました。

 

月・火・水が休みで、営業時間が12:00からというと、さぼっていると勘違いされそうですが(笑)、必要な手間はしっかりかけています。木曜日のパンを焼くために、水曜日に生地を仕込み、そのための酵母を火曜日に仕込み、火曜日の仕込みのための酵母を月曜日に仕込んでいます。また鮮度のために、小麦は粒で仕入れて店内で粉にするのですが、石うすで挽くのに丸1日ほど時間がかかるんです。

 

今後の目標や夢などがあれば教えてください。


将来的には、普通のオーブンではなく、
薪窯でパンを焼けるお店を作りたいと考えています。薪窯パンなら、電気やガスといったライフラインが止まっても、小麦・水・塩、そして薪があればパンを作れるからです。それに、薪窯でパンを焼く方が、単純に楽しそうでしょ。そのためには、場所を探さなければならないんですが…、人が集まり、そこでパンを提供できる、公園もいいなと思っています。

 

それから、どこかのタイミングで、現在の週4日営業から週3日営業にしたいですね。今年の8月は店の営業を4日だけにし、平戸に塩づくりに行ったり、霧島の自然農をしている農家に伺ったり、その方の知り合いの黒豚を放牧している農場などを訪ねたり、他にも鳥栖の農家のお手伝いに行ったりしていました。

 

今後、パン職人以外にも何かしていきたいという思いもあり、いろいろ勉強する時間を作りたいんです。何をするかはまだ考え中ですが、パンを作るだけでなく、楽しみながら、仕事も視界も広げていきたいと思っています。

 


●オーナー・前田 真吾

20代の頃は、パティシエとして勤め、30歳の頃パン職人になろうと思い立ち、福岡から東京へ移住。「シニフィアン シニフィエ」や「サワムラ」など素材や製法へのこだわりが際立つ店で修行を重ね、2018年、故郷・福岡に戻り、奥様(写真左)とともに「トランテトロワ」を開店。2019年から国産オーガニック小麦のパン専門店としてリニューアルオープン。「おいしさ」と「安心・安全」が両立する本物志向のパンは、全国から注目されている。

 

店舗情報

Trente Trois トランテ トロワ

■TEL: 092-526-0333

住所: 福岡市中央区平丘町1-5 [MAP]
■営業: 12:00~17:00
■休み: 月・火・水

■HP: https://www.trentetroisorganic.com/

■Instagram: @trente.trois_organic