地元の美味しい果物や野菜を使った料理と商品で、地域の問題や食材ロスに取り組む 【株式会社10years after/久留米市田主丸町】

株式会社10years after 代表取締役 井上 勝紀氏

 

耳納連山の中腹にある『Restaurant Spoon(レストラン スプーン)』。雄大な自然が広がる久留米市田主丸で、地元の農家が生産する上質な野菜や果物を使用し、一期一会のコース料理を提供するお店です。

 

地域の風土・歴史・文化を料理として表現する「ローカル・ガストロノミー」に取り組みながら、「生産者が大切に育てた食材を無駄にしたくない」と規格外の農作物を有効利用した加工品の開発・販売も行うのは、オーナーシェフの井上 勝紀さん。現在は、2023年7月の田主丸町豪雨災害で被災した生産者たちの力になりたいと、商品販売を通した復興支援も行っています。

 

レストラン開業から10年。『株式会社10years after』を設立し、今後一層、地産地消の食や食材ロスの問題に取り組もうとしている井上さんに、田主丸でレストランを開業したいきさつや、これまでの活動、さらに10年後に向けた夢や展望をお聞きしました。

まずは、井上さんが田主丸で『Restaurant Spoon』を始めたいきさつを教えてください。

 

幼いころから料理人になるのが夢で、幼稚園の卒園アルバムにも「将来の夢はコックになる」と書いていたほどです。高校を卒業する18歳のときには、『Restaurant Spoon』という店名まで決めていました(笑)。いつか自分の店を出すなら、地元の久留米でとは思っていましたが、郊外でレストランをしたいと考えるようになったのは、ヨーロッパ各地でレストランを見て回ったのがきっかけです。

 

例えば、フランスでは、パリでミシュランを狙う料理人と、ミシュランなど気にせず、南フランス、リヨン、アルザスなどの郊外で、その日に自分の庭でとれたハーブや野菜を使った料理を出すような料理人の2種類に分かれます。

 

郊外のレストランでは、街中のように酒を提供しにくい立地だったり、災害などがあると予約が一気にキャンセルになったりとリスクもありますが、だからこそ、料理人としての真価を問われます。通りがかりのお客さまが少ない代わりに、料理にもサービスにも1回1回真剣になれるところがいいと思いました。

立地として田主丸を選んだのはなぜでしょう。

 

当初は、既存の物件で安く借りられる場所を探していました。できれば昔の蔵や倉庫などをリノベーションしてお店をできればと思い、久留米市内を見て回ったのですが、なかなか気に入った物件がなく、隣のうきは市まで見に行った帰りに、偶然見つけたのがこの場所です。

 

そのときは、荒れ地でまだ何もなかったのですが、車を止めてあたりを見回すと、田主丸の町が夕日で赤く染まる風景が美しく、耳納連山も見えて…。一緒に来ていた妻と、なんとなく「ここかな」と感じました。

田主丸が地元というわけではないのですね。

 

そうなんです。私は久留米の市街地の出身で、田主丸には親戚も知り合いもいませんでした。ですから、まったく見ず知らずの地で、まさか土地から購入して、店を出すとは思ってもみませんでした(笑)。潤沢な開業資金があったわけではないので、ゼロというよりマイナスからのスタートで、決断には相当な覚悟が必要だったのですが、「あなたの料理だったら、どこに出しても 必ず食べに来てくれるから大丈夫」という妻の言葉に背中を押され、覚悟を決めました。

ここでレストランをはじめると言ったときの周囲の反応はいかがでしたか。

 

「この辺の人で、食事に500円以上お金を出す人はいないから、やめた方がいい」と、周辺の農家さんたちにも、親にも反対されました(笑)。前職(全国で飲食事業を展開している企業のエリアマネージャー)の経験から、融資を受けるための事業計画書には自信があったのですが、頼りにしていた国金(日本政策金融公庫)からは「1円も貸せない」と言われてしまい…。理由は、私が想定している客単価の店が同じエリアになく、比較できる店がないからというものでした。

 

ですが、保証協会さん(福岡県信用保証協会)にお伺いしたら、担当者の方が「今の時代だから、美味しい店なら遠方まで足を伸ばすお客さまも多いはず」と言ってくださって。おかげで、無事に融資を受けることができました。

 

現在は、ランチコース、ディナーコース(完全予約制)ともに5500円/7700円ですが、オープン当初はランチコース2500円でした。それでも価格設定が高いと言われていましたが、いざフタを開けてみると、久留米市内だけでなく、福岡市内、福岡県外からお客が来てくださいました。

オープンの告知はどのようにされたのでしょう。

 

広告は打たない方針でしたので、告知はSNSだけです。テレビ局からの取材依頼なども全部お断りしていました。かなり前からFacebookをしていたので、土地を買うところからオープンまでの過程をずっとSNSで発信しました。オープンから半年ほどは、比較的ゆっくりしていましたが、次第に予約が増えてきて、その後は平日も週末もほぼ変わらない満席の状態が続くようになりました。

 

正直にいえば、地元田主丸のお客さまの割合は、それほど多くありませんが、誕生日や家族の祝いなどで晴れの日づかいしてくださる方は多いですね。

海外からのお客さまも多いそうですね。

 

中国のサイトにレストランの特集が掲載されたり、タイの有名なインフルエンサーがお忍びで来て紹介してくれたりしたようで、香港、シンガポール、タイ、韓国、中国などのアジア圏から、ホームページで直接予約して、お越しくださるお客様も多いですね。

 

特に、タイやシンガポールでは、柿は人気のフルーツで1個700~800円くらいするらしく、近くの柿農家を見て、「ファンタスティック!」と感動していました。

オープンから10年経って、今のRestaurant Spoon』は、田主丸の人々にとってどんな存在だと思われますか。

大半の方は「長くは続かないだろう」と思っていたでしょうし、オープン当初は地元に望まれる存在ではなかったかもしれません。無言電話がかかってきたり、朝起きると庭の木の枝が折られたりしていたこともありましたから。でも、私はどこまでもポジティブ人間なので、この状況を変えるには、地域の役に立ち、必要とされる存在になればいいと考えました。店が軌道にのり、ようやく地域に貢献できるような取り組みができるようになったのは2016年のことです。

それがSpoon SOUVENIR』(※①)で取り組まれている、未利用の果物や野菜を使った加工品の開発と販売ですね。

 

そうです。この辺りは柿、巨峰など果物の産地として知られていますが、一方で、田主丸・うきはエリアだけで、5万トン以上の果物が廃棄されているという現状があります。

 

例えば、柿農家では、傷などが入り売り物にならない規格外の柿を畑の片隅に廃棄するのが当たりになっています。多少傷があるだけで味に支障はないため、安く売ればいいと思われるかもしれませんが、傷ものを売ることは生産者としてのプライドが許さないという面もあるようです。

 

そんな現状を知り、規格外の柿を利用した商品ができないかとつくったのが『柿ジャム』です。一般的な柿ジャムは、もともと甘い柿にさらに砂糖を加えて作るため、甘すぎるものが多いのですが、この『柿ジャム』はホワイトバルサミコ酢を使い、甘酸っぱく仕上げています。パンにはもちろん、ヨーグルトにも合いますし、鶏肉表面に塗ってローストしたり、カレーや肉じゃがなどの隠し味にしたりするのもおすすめです。

 

※①コース料理のデザートとして提供される保存料・添加物不使用の小菓子や、田主丸のおいしさを届けたいと、地元の食材を独自のレシピと調理法で加工した『Restaurant Spoon』オリジナル商品。店頭やネット通販で購入できる

『柿ジャム』に対する農家さんの反応はいかがでしたか。

最初は「無料であげるのはいいが、捨てるものだから売れない」と断られました。ただ、こちらも、きちんと調理し、ブランディングしたうえで商品化するのだから、無料でいただくわけにはいかないと説明し、1年ほどかけて口説き落としました。最終的には、実際につくった柿ジャムの味を確かめてもらい、「この商品なら」と納得していただきました。

『柿ジャム』づくりで苦労された点はありますか。

ていねいに手づくりされた『Spoonの甘酸っぱい柿ジャム』300g (1本¥1,500)
※入荷状況に関しましてはHP・Facebook・Instagramにてご確認ください。

 

まず、10・11月の段階で収穫時に、規格外で販売できなかった柿を仕入れるのですが、その後2月には、冷蔵柿(※②)でヘタが少し浮いたもの、真空漏れで一部が柔らかくなったものが大量に運ばれてきます。冷蔵柿の場合、袋を1つひとつ開けるところから始まり、へたを取って、皮を剥き、種を除去して…と調理するまでにもかなりの時間と手間がかかります。

 

また、ジャムにするには、火力を全開にして水分を飛ばしながら加熱しなければなりません。柿は濃度が高いため、小まめにかき回さなければすぐに焦げ付いてしまうのです。ですから、調理には労力がかかりますし、けっこう危険な作業でもありますね。

 

※②1年を通して美味しい柿を食べてもらうため、旬の時期に収穫した富有柿を、ひとつずつポリエチレンの袋に密封し、特別な大型冷蔵庫で鮮度を保ちつつ熟成させ保存したもの。

『巨峰白ワイン蒸し冷凍についてはいかがですか。

『田主丸名物☆巨峰白ワイン蒸し冷凍3パック入り 2023』(¥3,000/税込)

 

田主丸には、「最低限の農薬でこの味を守りたい」と、昔ながらの巨峰にこだわる農家さんもたくさんいらっしゃいます。そうした農家さんを応援したいと開発したのが、『巨峰白ワイン蒸し冷凍』です。巨峰は贈答品がメインなので、贈答用の箱に入れられるように間引きされた後の粒の巨峰が大量に出ます。買い取ってくれる加工業者もあるそうですが、買い取り額は納品用の段ボール代ほどにしかならないと聞いたのが、開発のきっかけです。

 

巨峰自体の美味しさを味わえるように、白のビオワイン(※②)を少しだけ入れて真空パックし、加熱しています。加熱することで皮まで食べられ、白ワインの旨味で、単に冷凍しただけの巨峰とはまた違う味わいになるのです。ちょうどいい硬さや味わいにするため、加熱の分数や温度の実験を何度も繰り返しました。

 

何より美味しい巨峰を1年中食べられますし、粒を冷凍しているので、手軽に食べやすいのが特徴です。また、巨峰の皮にはレスベラトロール(※③)という美肌成分が含まれているそうなので、1日1粒、「天然のサプリ」として食べていただくのもおすすめです。

 

※②できる限り自然のままの製法で作られたワイン
※③抗酸化作用を持つポリフェノールの一種で、赤ワインや、黒ぶどうの種や皮のほか、ピーナッツの薄皮などに含まれる

現在、行っている田主丸町豪雨災害の復興支援について教えてください。

 

たまたまうちは無事だったのですが、今年(2023年)7月に起きた田主丸町豪雨災害の際は、すぐ近くの道路まで山からの土砂が流れてきて、周辺の果物農家さんもたいへんな被害に見舞われました。果樹園やイチゴ農家のハウスでは、手作業で土砂の除去を行うしかなく、私も息子と近所のイチゴ農家さんの除去作業をお手伝いしました。そうした状況を目の当たりにし、「被災した農家さんを少しでも助けられれば」と始めたのが、『柿ジャム』を販売した売り上げの一部を農家さんの義援金にあてる復興支援です。

 

被災から2日後、SNSを通して呼びかけたところ、「商品を購入し、美味しくいただけるだけでなく、その代金が田主丸の方たちの応援にもなるのであれば」と日本全国からすぐに200個ほどの注文と、あたたかいメッセージをいただきました。

 

復興にはまだまだ支援が必要ということもあり、現在も引き続き、『巨峰白ワイン蒸し冷凍』と『Spoonバスクチーズケーキ』の販売を通して復興支援を行っています。先日は、被害の大きかった温泉『みのう山荘』の復興支援イベントを佐世保で行い、その売上70万円を全額義援金にさせていただきました。

小学生などで味覚教室もされていますね。

 

味覚教室は、子どもたちに楽しみながら味覚について学び、食への意識を高めてほしいという思いから行っています。食への興味が、食材ロスの削減にも繋がればという思いもあります。いつも子どもたちに言っているのは、「料理の味は環境によって変わる」ということ。1人で寂しく食べる料理と、みんなでわいわい食べる料理、また、風邪をひいて体調が悪い時に食べる料理と、元気な時に食べる料理の味は違って感じます。漠然と食べるのではなく、「誰とどう食べるか」が大事ということも知ってほしいですね。

SDGsという観点から、今後さらに取り組んでいきたいことはありますか。

 

柿や巨峰のほかに、キウイやイチジクなどの商品も開発していますが、大きなところでいえば、『柿ジャム』や『巨峰白ワイン蒸し』のノウハウをきちんとマニュアル化して、より多くの食材ロスをなくせるしくみをつくりたいと考えています。うちだけで加工できるのは、ごく一部です。

 

そこで、数年前から構想しているのが協会の設立です。会社を立ち上げたのは、そのためもあります。協会として地域の組合と協力し、大きな加工センターをつくることができれば、もっと多くの未利用果物を受け入れ、調理・加工することができます。加工した商品は、農家さんにバックし、それぞれに販売してもらえば、農家さんの売り上げアップにもつながります。販売のウハウがない農家さんには、そのノウハウを含めて協会がバックアップします。

 

田主丸でそうした成功事例をつくれれば、近隣の八女や筑後の巨峰農家さんでも同様な展開ができ、ゆくゆくは山梨や岡山など、同じような問題を抱える各地の自治体に広げていくことも可能ではないでしょうか。そうした取り組みを、果物だけでなく未利用の野菜にまで広げられれば、より多くの食材ロスを減らせると信じています。

社名に込めた思いを教えてください。また、「これから10年後」の夢などはありますか。

 

「株式会社10years after」は、『Restaurant Spoon』を開業して約10年後に設立しました。社名には、いろいろな方々に助けていただき、ここまで来られたという感謝の気持ちとともに、「10年後、自分はどうありたいか」を常に自分に問えるようにという思いもこもっています。

 

10年後は、さきほどお話しした協会も動き出していると思いますし、「Spoon SOUVENIR」でも店舗も構えたいと思っているので、それに向けての準備も始めています。

 

また、久留米の食材や特産物をつかった土産の開発をはじめ、現在、県外を含め8社ほどの商品開発と監修させていただいたり、東京の丸の内にできる新しいビルのキッチンシステムを備えた施設で、大人向けの味覚教室をやらないかというお話をいただいたり、食の分野でやりたいことはまだまだ尽きません。これまで同様、田主丸の食を大切にしながら、今後はより広い視野で、食の大切さを伝え、少しでも多くの食材ロスをなくしていきたいですね。

 

代表取締役 井上 勝紀

1975年生まれ、福岡県久留米市出身。元料理人だった父親の影響で、幼少期から料理人を志す。高校卒業後、『萃香園ホテル』『ハイアットリージェンシーオーサカ』で修行。街中のフレンチやイタリアンレストランで料理人としてのキャリアを積みながら、欧州をめぐり出合った地産食材を活かした郊外のレストランに感銘を受ける。レストラン経営に必要なマネージメントとマーケティングを学ぶため、全国30店舗で飲食事業を展開する企業のエリアマネージャーを経験したのち、2012年11月、久留米市田主丸町で長年の夢だった自身の店『Restaurant Spoon』をオープン。その後、田主丸の“おいしい”を届けるというコンセプトのもと『Spoon SOUVENIR』を立ち上げ、2016年から田主丸の未利用の柿や巨峰を活かした商品開発と販売を開始。食材ロスの問題に取り組むとともに、2017年の九州北部豪雨時に続き、2023年7月の田主丸町豪雨災害では『Spoon SOUVENIR』の商品販売を通して復興支援活動にも尽力。小学生を対象にした味覚教室や、地域での講演会、食材を生かした地域の商品開発など、食のジャンルを起点に幅広い活躍をしている。

店舗情報

株式会社10years after(テンイヤーズアフター)
TEL: 0943-72-0090
■住所: 福岡県久留米市田主丸町益生田261-27 [MAP]
HP: https://www.restaurant-spoon.com/
■Facebook:
『Restaurant Spoon』https://www.facebook.com/restaurantspoon/?ref=embed_page

『Spoon SOUVENIR』https://www.facebook.com/spoonsouvenir/?ref=embed_page

■Instagram:https://www.instagram.com/restaurant.spoon/